静学的な世界において、コスト最小化の選択をする企業では、環境規制が不可避的にコストを増大させ、グローバル市場での国内企業のマーケットシェアを低下させるという考え方が一般的だが、技術革新に基づく新しい動学的な競争力という状況下では競争力を定義するパラダイムは大きく変化している、動学的な競争力では、適切にデザインされた環境基準が、基準遵守のコストを完全に相殺(offset)して余りある(利益を生む)技術革新の契機に結びつく(イノベーション・オフセット)、しかもそれらは、環境規制による社会的便益ではなく、規制によって私的コストが減るところに焦点がある、の3点である。

ひとことでいえば「適切に設計された環境規制は、コスト低減・品質向上につながる技術革新を刺激し、その結果国内企業は国際市場において競争上の優位を獲得し、他方で産業の生産性も向上する可能性がある」との主張である。 一般に、環境への対応は経済成長の制約であると考えられてきた。
しかし、環境を軸にした技術革新が、経済成長に大きな寄与をもたらすという考え方は大きな注目を集めた。 1991年以降、この仮説をめぐっては大きな論争が展開されることになった。
規制コストの増大が企業の収益増大に結びつくことはシンプルな理論モデルからは得られず、企業と規制当局の間での戦略的な行動がとられる、規制により汚染除去装置販売で利益を上げる産業の存在、規制により生み出されるより収益の大きな技術革新機会の存在などがないかぎりポーターの主張するような状況は生まれないという批判が支持された。 しかし、反論は、一定の条件が存在するのであれば、環境規制が経済にポジティブに影響することがありうるという主張にもつながっている。
今日、地球温暖化という現実的なテーマに即して、「ポーター仮説」の意味が企業経営における意思決定のヒントにされてきていることは注目されよう。 また、規制措置を競争条件の観点からポジティブにとらえた経営学者として、わが国においても信奉者の多いクレアモント大学院で教鞭をとったP教授がいる。
ドラッカー教授は「企業はその活動が及ぼす負の影響について、それが意図したものであれ、意図しなかったものであれ、責任を持たなければならない」と主張した。 しかし、同時に負の影響を小さくしようとすればコスト競争力が失われることになるので、他の企業に先駆けて自発的な取組みを行う企業は出てきにくい。
そうした場合には、最も批判の矢面に立たされる企業が、率先して政府に規制措置を講じさせ、企業に一律の強制的取組みを行わせて問題を解決させることが、競争戦略上から見て賢明だと説いている。 これも、地球温暖化が一層深刻になる時代において、企業経営における意思決定に、1つの示唆を与える言説であろう。
前述の国連グローバル・コンパクトに参加を表明した企業のCEOならびに経営トップを対象に実施された調査がある。 いわば、世界のCSR先進企業のトップが何を考えているかを示す調査だ。
230企業から391人が回答した調査結果からは興味深い結果が読み取れる。 まず「以下の潮流のうち、企業に対する社会からの期待に最も強く影響を与えていると考えるものはどれか」という設問があり、「環境問題への懸念の増大」という選択肢は他を圧倒して多くの回答を集めた。

次に「以下の諸問題のうち、将来の企業の成功のために最も焦点を当てるべきと考えるものはどれか」という設問では、「気候変動」は「教育システムの問題」や「公共セクターのガバナンスの問題」についで多くの回答を集めたさらに、「気候変動」が「将来の企業の成功のために最も焦点を当てるべきもの」と答えた回答者の割合を属性別に分析すると、ヨーロッパの組織では45%の人がそのように回答し、また規模別では、大企業(売上高100億ドル以上)では実に71%の人がそのように回答している。 これが、世界のCSR先進企業の認識なのである。
地球温暖化をめぐっても、グローバルな企業競争が生じつつある。 緩和と適応の両面において、どの企業がいち早くリスク回避のための手を打ち、一方で事業機会を獲得するか、そのことをもって、消費者や株主からいち早く支持を獲得できるか、そうした企業競争である。
そして、これら競争力は、総量主義の規制措置のもとに企業が置かれたときのほうが強化される可能性が大きいということを忘れてはならない。 2007年8月、国際的な会計事務所ネットワークKPMGと環境報告書の普及促進を図るNGOグローバル・レポーティング・イニシアチブから、地球温暖化に関わる情報開示の現状についての調査結果が公表された。
米国とカナダ、ヨーロッパ、日本、日本を除くアジア太平洋、南米およびアフリカの5地域で発行された環境報告書10冊ずつ、合計50社分を分析したところ、「日本企業は欧州企業に後れをとっている」という結果が報告されている。 この内容には、衝撃を受ける日本企業の関係者も多いのではないだろうか。
日本企業には世界で最も省エネルギー対策の進んだ国であり、温室効果ガスの排出削減にも努力してきたという自負がある。 事実、取組みそのものの情報開示には注文は付けられていない。
「日本企業は10社すべてが、報告書に温暖化問題の独立項目を設け、自社の温室効果ガスの排出量を詳細に公表していた」という。 問題は、「地球温暖化が企業収益に与える影響や温暖化がもたらすビジネスチャンスなどに関する情報開示」であった。
ヨーロッパでは10社中7社、オーストラリアでは10社中4社が、将来の温室効果ガスの排出規制や炭素税導入などが企業活動に与える影響を詳述していたのに対し、これを報告書に記載した日本企業はゼロだったというのだ。 企業活動が異常気象で妨げられたり、資産が損害を受けたりという温暖化によるリスクを報告した企業も皆無だったという。
これは、実は情報開示の問題ではない。 地球温暖化が企業収益に与える影響や温暖化がもたらすビジネスチャンスという視点で、みずからの事業を検証したことがなければ、そうした情報も開示できるはずがない。
将来の規制についても、真面目にその可能性を検討してみることがなければ、影響を記述できるはずもない。 すなわち、世論への抵抗にエネルギーを集中させる間に、地球温暖化を経営戦略のレベルで吟味することがなされず、その結果、ヨーロッパの企業と大きな差がついていることを、この調査結果は示している。
それでは、企業、とりわけ日本企業は、いまどのようなアクションを起こすべきなのだろうか。 まず「地球温暖化対応戦略」を作らなければならない。
前述のカーボン・ディスクロージャー・プロジェクトなどを参考にして、以下の9つのヒントをここでは提示しておきたい。 第1には、自社にとって、気候変動問題が、ビジネス上どのようなリスクおよび機会をもたらすかを文字に落としてみることである。

例えば、ビール会社にとっては、良質な水が確保できなくなる、大麦の調達価格が高騰するなどの経路がありうる。 消費財メーカーなどでは、地球温暖化への取組みの有無が、企業イメージの形成を通じて、消費者の購買行動にどのように影響を与えるかの検討も必要だろう。

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